Concept
その昔、洗心庵という場所
- かつて若かりしころの哲学者・西田幾多郎先生が通った、金沢・卯辰山「洗心庵」
かつて金沢市卯辰山にあった「洗心庵」は石川県が生んだ、世界的な哲学者西田幾多郎先生が座禅を組むために通った庵です。
西田幾多郎先生は、日本人として初めて体系的な独自の哲学を起こされた方です。
主著である「善の研究」は日本史上初めて書かれた哲学書と言われています。東洋的な思想と西洋哲学から独自の思想を開きました。
西田幾多郎先生も通われた洗心庵には雪門玄松さんという和尚がおり、和尚から頂いた「寸心」という号を西田幾多郎先生は生涯にわたり使用しました。
卯辰山の麓にあたる道沿いにひっそりと記念碑が建っています。
東茶屋街の裏手にも近いこの場所は、小立野台地が遠くに見え、川を見下ろすように少し坂を登った場所にあります。
川を渡って2つ目のカーブに、ぽつんと立つ1つの看板と1つの碑。
この場所に、庵がありひたすらに座禅を組んでいた人たちが居たことを思うと。心落ち着くいい場所を選んだなと思えます。
雪門和尚は富山県高岡市・国泰寺の管長師家(最高位)まで務めながら50歳で環俗(一般人に戻る)し、再び64歳で僧侶になりながらも福井県の漁村で遷化(亡くなること)されるまで「着たきりすずめ」の乞食行脚をされたという人です。
人生にはいろんなことが起こります。
雪門和尚の山あり谷ありの人生の途中、金沢を見下ろす卯辰山で穏やに暮らしたであろう日々にあやかり、シェアハウスの名前を「洗心庵」と名付けました。
雪門和尚がいた「洗心庵」とは全く関係はないのですが、その名前を拝借した現代の洗心庵は卯辰山から少し離れて、街中で若者達が暮らしています。
理念
「少しの豊かさと、心の平穏」
- 落ち着いた暮らしと、お互いに負荷のかからない生活を目指しています。
理念は「少しの豊かさと、心の平穏」これは仏教経済学で知られるエルンスト・F・シューマッハが語っている言葉です。
家族でもない人たちが同じ屋根の下に暮らすことは、すこしやっかいなこともあります。
それぞれが様々な事情を、時に抱え時に忘れ去りながらも日々を過ごしてゆく場所です。
お互いが尊重し合うことを学びながら、それぞれ暮らしやすくあるようにそれぞれが少しだけでも努力してくことが求められます。
「ほどよい距離感と、ほどよい人間関係」
- お互いさまの精神で、ほどよい距離感とほどよい人間関係であること。
部屋は男女混合、寮でもなく家でもありません、長屋のような形態です。
洗心庵のルールはその都度、住人同士で話し合って決めます。
お互いがストレスや負担のないように話し合いをして暮らし方を作ります。
時にただ話したり気が向いたら一緒に食事をしたり。
「洗心庵」では無理に集まったり賑わうよりも、よき隣人としてお互いの暮らしを尊重します。